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メセナ食彩センター(末吉町)
曽於市は農畜産物の生産が盛んな町ですが、中でも「柚子(ユズ)」については九州で一番の作付面積と生産量を誇ります。
メセナ食彩センターでは、このユズを使ったたくさんの加工商品を製造・販売しています。
甘酸っぱく、爽やかで風味豊かなユズを楽しむことができる豊富な商品ラインナップを取り揃えています。
オンライン注文も承っていますので、ぜひ、ホームページをご覧ください。
リンク先:http://www.yuzu-mecenat.com/
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奇祭 鬼追い祭り(末吉町)
毎年正月7日の夜、末吉町の深川熊野神社領域で鬼追いが行われます。この行事は、光明寺の主宰で行なわれていた仏教行事でしたが、明治の廃寺後に中絶していた際、悪疫が付近に流行したため、深川の青年たちが再開したものです。現在は、鬼神太鼓の奉納演奏が境内の幻想的にライトアップされた竹林の中で行われ、その後、無数の御幣を身に纏った鬼が登場します。
鬼には25歳の厄男がなることとしており、この鬼に鬼の手を持った「つけ(付添役)」がつきます。
この深川の鬼は招福除災の善鬼で、悪鬼のイメージがなく、本来、節分のように追われるべき鬼がここでは歓迎され、強烈なパワーで悪疫を退散させるのが熊野神社の鬼追いの特徴です。
鬼が鬼堂から飛び出すと、空砲・鐘太鼓が激しく鳴り響く中、鬼が参道を暴れまわります。鬼の御幣を持ち帰ると1年健康であると言われるが、そのためには、暴れ回る鬼に叩かれるのを覚悟しなければなりません。
鬼が鬼堂に帰ってからは、神社で煎豆が善男善女に配られ、たいへん混雑します。
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住吉神社の流鏑馬(末吉町)
秋も深まる11月23日、住吉神社の参道で流鏑馬が奉納されます。
鹿児島県内には、曽於市、肝付町、日置市に伝承されている行事です。
流鏑馬の由来は、上古、歩射に対して、騎射と呼ばれ、武芸が儀式化したものであり、国家安泰・五穀豊穣のほかに年占いの性格も持ち、かつては農民が参加する収穫感謝の色彩が強い行事となっていました。
流鏑馬に先立ち神前では奉幣の儀が行われ、次いで馬場入りとなります。
射手の装束は、鎌倉時代の巻狩りの姿で、現在は中・高生がこの大役を果たしています。
参道を鳥居から神社へ向かって約300メートル馬を馳せ、勢いよく走る馬上から途中3か所の的を射、これを3回繰り返します。
当たり的を持ち帰って家を葺けば栄えると言われ、また、矢が的に当たるほど翌年は豊年と言われています。
当日は境内で武道大会や油竹登りなどもあり、甘酒やコンニャクなども振る舞われ、終日参拝客でにぎわいます。
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日本一の和牛モニュメント(末吉町)
鹿児島県曽於市は、宮城県で開催された「第11回全国和牛能力共進会」で団体優勝した鹿児島黒牛の有数の生産地です。
また、黒牛のみならず、鹿児島ブランドの黒豚や黒さつま鶏など、畜産が大変盛んな地域になっています。
これを全国に発信しようという試みで、高さ約4メートル、長さは約7メートル、幅2メートルという巨大な黒牛のモニュメントを制作しました。
モニュメントの隣には、鳴らせば幸せになる?という「幸福の鐘」も設置されており、連日観光客の目と耳を喜ばせています。
曽於市の新たな観光名所へ、ぜひ足をお運びください。
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弥五郎どん祭り(大隅町)
毎年11月3日、この日は約900年の伝統を持つ県下三大祭の一つ、弥五郎どん祭りが行われる日です。
弥五郎どんは、身の丈4メートル85センチの巨体で、25反もの梅染めの衣を身に纏い、ギョロリまなこに太い眉、大小2刀を腰に携えた勇ましい大男です。
一説には隼人族の首領、または300歳の長寿を誇り、六代の天皇に仕えた武内宿弥となどとも言われていますが、その正体ははっきりしていません。
しかし、穀物の豊作や地方守護の先導役として、昔からなくてはならない存在です。
夜中の1時、「弥五郎どんが起きっどー(起きるぞ)」のふれ太鼓で弥五郎どんが目覚め、明け方、身支度をすっかり整えた弥五郎どんが岩川八幡神社の境内で網に引かれ、巨体がやおら身を起こします。
午後から行われる「浜下り」は必見。八幡神社の境内を出た弥五郎どんが、約3時間市街地を威風堂々と練り歩きます。大勢の見物客が弥五郎どんを取り囲み、祭りは一気に最高潮に達します。